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色即是空 空即是色

カテゴリー:ステキな本たち、とか

 
実家にいたころ、今はもう亡くなっている父が、毎朝毎朝、私が寝ている隣室で、仏壇に向かって般若心経を唱えていました。
おかげで、睡眠学習とでも言いましょうか、いつの間にかわたしの頭にも般若心経が染みつくようになったものです。
まさに、門前の小僧習わぬ経を読む、ですね♡


一番耳に残ったのは、最後のクライマックスともいうべき
「ぎゃーていぎゃーてい はーらーぎゃーてい はらそうぎゃーてい ぼーじーそわかー」というところなのです。父の声も、なぜかそこでは大きくなりましたし。
が、心に一番残っているのは、「色即是空 空即是色」なんです。


これらが表す意味は、『日本大百科全書』(小学館)によれば(引用させていただきます)
「人間を取り巻く世界と人間、考えられうるすべての存在者は、人間が想定しがちな不変で固定的な固有の性質をもって存在するのではない、換言すると空であり、しかも空でありながらいろいろの原因条件によって現象しつつある」
「前半は、あらゆるものを空とみることによって人間の煩悩(ぼんのう)や妄想(もうそう)を取り除くことをねらい、否定的であり、後半は、執着のない目でみたとき、あらゆるものがそれぞれの働きをもって生き生きと現象し存在していることを肯定的に表している」

ということです。


あるいは、『デジタル大辞泉』(小学館)によれば(こちらも引用させていただきます)
「一切の存在は現象であって空であるが、その空であることが体得されると、その現象としての存在がそのまま実在であるとわかるということ」


最近また、この言葉をしみじみ感じています。
本来の意味からは遠ざかるかもしれませんが、この世界に存在するものって、すべて意味がないのだけれど、同時にすべて意味があるんだなあ、って思うのです。禅問答みたいになってきた。
わたしが意味があると思えばあるし、意味がないと思えばない。
すべて、認識者であるわたし次第。

もともとなんにもないところに、なにを見るのか。
どんな色を見るのか。
どんな音を聞くのか。
すべて、認識者であるわたし次第。


同じ景色を見て佇んでいる隣の人が、わたしと同じ景色を認識しているかどうかは、永遠にわかりません。
なぜなら、そのひとはわたしではないから、そのひとが見ている景色をわたしが認識することは不可能。


「事実は一つかもしれないが、真実は人の数だけある」と言いますが、それも突き詰めていくと、おんなじことですよね。


「色即是空 空即是色」
それがみんなに肚落ちしたら、争いはなくなるのかなあ、なんてぼんやり思いました。






経済的必要性から発生させられている戦争は、無くなるにはまた別のレベルの悟りが必要そうですけれど。。。

 

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